スピカ
「あー……疲れた」

自然では起こり得ないような強風が、ビュービューと髪の隙間を擦り抜けていく。お陰で、前髪も、1つに纏めた長い髪も、勢いよく後ろに流れてくれて、首元がかなり涼しくなった。
髪が乱れようが、化粧が崩れようが、今はそんな事どうだっていい。疲れきった体を癒すのが先なのだ。

「雅ー、扇風機占領しないでよー」

亞未がぐいと体を寄せてくる。汗でベタベタなのに、肩が触れ合って気持ち悪い。
それなのに場所を譲らないあたしと、尚も離れようとしない亞未。2人共、意地だけは1人前だ。

「引っ付くな。暑いー。死ぬー」

「そっちこそ。どいてよー。雅はもう十分涼んだでしょ」

「よく言うわ。扇風機つけてまだ1分も経ってないっつーの」

「は? 1分ナメんなよ」

「ナメてねぇ」

小さく押し合いながらも、下らない言い合いが延々と続く。いつもならヒートアップするものの、そんな気力なんてあるはずがない。ぼそぼそした声が、テンションの低さを物語っている。

「喧嘩してないで首振りにしなさいよ、馬鹿2人」

頭上から伸びてきた手が、扇風機を切り替える。やっと開放された、と扇風機の首は遠ざかっていく。
固定に戻すのも面倒臭くなり、あたし達は仕方なく諦める事にした。
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