断崖のアイ
 何も表さない瞳は、見る者に恐怖と恍惚感を与えた。

 至高の宝石──その言葉に相応しい双眸(そうぼう)に誰しもが魅入られる。宝石には魔力が宿ると謂(い)われるが、彼の瞳はまさにそうであるかのように決して輝きを失わなかった。

「ブルーには家族も親戚もいなかった事くらいだろうか」

 ぼそりとつぶやくように発した。

「! 家族も、ですか?」

「両親は若い頃に事故で亡くしたと聞いた」

 プライベートな事はあまり語らなかったブルーだが、ベリルをよく気に懸けていた。拉致した責任と考えられなくはない。しかし、それだけの感情だったとも思えなかった。

 何故なら時折、見せる微笑みに優しさを感じられたからだ。そこには自責の念も、義務的な意識も見て取れなかった。

 どうして自分を助ける気になったのか、今にして思えばちゃんと訊いておけば良かったと少しの後悔が過ぎる。

 あの時の自身を考えるとき、何かに引きずられるように動いていたようにも思えた。

 気のせいかもしれない。それでも、思考をめぐらせたときには薄いもやがかかったように何かが邪魔をした。
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