断崖のアイ
「欺瞞(ぎまん)だ」

 ぼそりとつぶやく。

 目の前で人が殺されないというだけで安堵する己に杭を打つように、その胸を強く掴む。そうするしかない自身の諦めと、許し難い感情に行き場を無くし肩を震わせた。

 その姿を見つめていたユーリは、渋い表情を浮かべる。

 ベリルは、幾度となくそんな苦渋を味わってきたのだろう──その度に彼はその端正な顔を歪め、声もなく泣いてきた。

 人としての感情を持ち続けていられる。

 なんと崇高な存在なのだろうか──何者にも冒されない心、変わる事の無い美しさは、まさに信仰の対象となるだろう。

 本人がいかにそれを否定しようとも、人々は彼を求めるのだ。

 それはこの世に対する不安なのか、それとも──?

 最も人間らしく、それでいて浮世離れした存在感に人は陶酔するのかもしれない。
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