断崖のアイ
「己からは逃れられない」

 獣はその言葉に沸き立ち、ひと咆え上げてベリルに突進した。

 しかし──獣の爪と牙はベリルに触れることさえなく、美しい木目のダガーは深々とその体に赤い傷を刻んだ。

[ガアアァ!?]

 激しい痛みにのたうち回る。

「逃れられないものから逃げたとしても」

 それは常にお前を追いかける……ささやくように発せられた声は、獣の動きを止めた。

 溢れる憎しみはこれまで与えられてきた仕打ちに、そして同じ血が流れている己に対する怒り。

「お前を受け入れる者は必ず存在するはずだ」

 それがたった1人だとしても、人には価値があるのではないか?

[……]

 ベリルの静かなつぶやきに獣は一度、目を閉じた。
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