断崖のアイ

*暖かな日々


 カーティスの含んだ物言いが気にかかったが、現状ではどうすることも出来ない。

 仕方なくホテルに戻ろうかと歩みを進めた。

 造られて間もなく拉致された彼にとって、3つに分断され周囲の国に吸収されたかつての祖国の記憶などあるはずもないが、最後に見たベルハースの笑みは鮮明に今でも脳裏に刻みつけられている。

 それでも、育った施設の事は全て記憶しているし、彼にとっては唯一、祖国での思い出とも言えた。

 自由の身となった時に訪れた祖国の風景は、ベリルの中ではどこか遠い地に思えて何の感情も湧かなかった。

 滅びる事を知った時に、涙は出なかったが胸の痛みを覚えた。

 もう何からも逃げる必要がなくなった安堵感より、締め付ける胸の痛みに唇を噛みしめていた。

 80年経った今も身動きできない自身をあざ笑うように、木々の隙間から覗く空を見上げる。

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