断崖のアイ
「……」

 ベリルは1人、部屋で琥珀色の液体を傾けていた。

 静まりかえった室内はその存在感を満たし、細めた目に陰が表される。酔う事など、とうの昔に忘れたがこの味は好んでいた。

 忘れるために飲む訳じゃない、哀しみも苦しみも飲み物にぶつける程には若くもなかった。ただ、この味を楽しみ意識の奥に手を伸ばす。

 瞳をまぶたに隠し、ゆっくりと呼吸を繰り返すと響くのは己の鼓動──何度、貫かれても安らぎは訪れなかった。

 与えられたものを拒む事は敵わない。

 生まれつき彼には拒否する権利などなかった。しかし今更、そんな事に怒りも憎しみも湧きはしない。

 5歳で拉致され、アメリカに連れてこられた時も与えられるもの全てを吸収した。

「限られた範囲で自由を楽しめばいいだけだ」

 それは諦めとも違う彼なりの意識だった。

 欲望には上限がない、際限なく求める事は自身を苦しめるだけだ。その時に可能な範囲で成せば良い。

 彼にとっては目の前の全てが不思議で関心の対象だった。接してくる数少ない人間の感情はそれぞれに異なり、彼を飽きさせない。

 それは今も変わらなかった。

 眼前に広がる風景は彼の心を突き動かし、人々の感情は彼を惹きつける。それだけでこの世界を歩き続ける意味があった。

 そのための自由を今、彼は手にしている。

「答えか……」

 つぶやいて目を細めた。

 どれだけ思考をめぐらせても、どれだけ自問自答しても、たどり着かない答えを探すのは疲れる。それでも、いつの間にか心はそこに向かってしまう。

 小さく溜息を吐き出し、天井を見つめた。
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