カセットテープ
 部屋に入ってきたのは晴司のお母さんだった。
「ごめんなさいね、遅くなって」
 昼に見たときよりも疲れたように笑う姿を複雑な表情で響は見ていた。
「いえ、お構い無く。あのそれで渡したいものとは何ですか?」
 昼に言われた渡したいものとは、響には検討がつかなかった。もしあるとすれば、生きているときに渡し忘れたものだろうか。
「はい、響くんに渡したいものはこれなの」
 喪服姿のスカートのポケットからおもむろに何かを取り出した。黒い長方形の形をしたものだ。
「これは……カセットテープですか」
 響は渡されたカセットテープを驚いたように見つめる。いったい何のためにこんなものを。
「うん、響くん宛ての」
「俺……宛てだって」
 響はカセットテープに視線を落した。
 それを黙って見ている晴司のお母さん。
 響は顔を上げる。
「録音されている内容は何でしたか?」
 晴司のお母さんは頭を左右に振る。
「私と夫は聞いてないのよ、響くん宛てのものだから」
「そうですか……」
 再びカセットテープに視線を落した。どんなことが吹き込まれているのだろうか。
 響は晴司のお母さんを見る。
「帰って聞いてみます」
「そう、気を付けて帰ってね」
「はい、さよなら」
「さよなら」
 晴司の部屋を出て、月本家を足早にあとにして駅に向かった。
 電車に乗っている間、渡されたカセットテープについて考えていた。
 カセットテープに録音してまで何を伝えたいのか。生きているときに晴司はどうしてこのこと言わなかったのか。
 疑問は次の疑問を連鎖的に生み、響は頭が重いのを感じた。
 今からそんなことを考えたところで聞かなければ何も分からない、そして始まらない。
 家から近い最寄り駅を出た響は家路に急ぐのだった。

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