黒猫にご注意を
斜め下を見て唸る黒猫に我慢できなくて口を開く。
「猫さん!教えてくれないの?」
「猫・・・さん?」
クスリ、と猫が笑ったように見えた。
「俺は、アーク。色んな理由で黒猫になっちゃったけど実際は、歴とした人間だ。」
「人間?」
人間が猫になるなんて話は生まれてから一度も聞いたことがない。普通はそうだ。
私は普通と大きく掛け離れた世界の話を聞いているのだ。と理解した。
「お前の名は?」
黒猫、__アークが穏やかな瞳で聞いた。アークには初めてだった。猫の姿をした自分を自ら“アーク”だと人に言ったのは。
「・・・しぐれ、霧雨・・時雨」
ギュッと唇を噛み締め自らの名を口にする__否、僅かだか顔を歪めた。
「時雨、か。良い名だな。」
アークはそれに気づいたのか、気づいていないのか瞳には優しさだけを写していた。
「・・・・」
時雨は少し驚き、やがて柔らかな笑みを浮かべた。
名前などあってないもの。
時雨、と優しくこの名を呼んでくれた人などもういないのに。
その記憶が私を闇へと引きづり込もうとする。