白狐の書


 「分かっている……」





 そう言って俺の上から退くと、女は口元の血を着物の袖で拭った。

 真っ白で綺麗な着物だったからか、血の汚れが、酷く鮮やかに見える。





 「仕方ない、助けるてやるか」






 渋々と言った感じで女が取り出したのは、これまた真っ白な一冊の本だった。

 霞む視界でも分かるほど分厚いその本は、ぱっと見は辞書のようにも見える。

 そして、女は短い呪文のような言葉を紡いだ。





 「白狐の書、三百六十一節『癒えぬ傷の無き事』」





 その言葉が、文字が、真っ白な本から、蛇のように浮かび上がってくる。

 うねりながら、傷口から俺の中へと入ってくる。

 何が起きたのかも理解できず、俺は咄嗟に起き上がっていた。

 ──起き上がれていた。


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