異本 殺生石
「え?あんた、その収容所で生まれたの?」
「ううん、そうじゃない。でもFD症候群の子供は生まれてすぐに分かる。あたしたちはね、体の色素を作る遺伝子が生まれつき壊れてるの。この肌と髪の色はそのせいよ」
「しかし、名前がないのも困るな。さっきの番号で君を呼ぶのは、この時代の人間の僕たちとしては抵抗があるな」
 と横から昭雄が言った。それを聞いた陽菜は腕組みをしてウウンとうなった。
「確かにね。じゃあ、名前をつけてあげるよ。ううん、FDナンタラだから……よし!フーちゃん!」
 玄野が呆れかえった口調でツッコミを入れた。
「エフで始まるからフーちゃん?そりゃいくらなんでも安直過ぎじゃねえ?」
「あたしはいいわよ、それで」
 思いがけずその未来から来た少女はあっさり同意した。
「生まれてこのかた名前なんか無かったから、単純な方があたしも助かるわ。それに割と可愛い名前みたいだし」
「ううん、女の感覚というか神経は俺にとって永遠のミステリーだ」
 なおもそう言う玄野の向こうずねをスリッパの先で蹴飛ばしながら、陽菜はその少女、フーちゃんの両手を取って訊いた。
「それでフーちゃんはこれからどうするの?」
「もう少し過去へ行ってみる。一緒に逃げた二人の仲間の事も気になるし」
「よし、だったら、あたしが一緒に行ってあげる!」
 陽菜のその決意表明を聞いた昭雄は驚愕のあまり口を開けたままその場に固まってしまい、玄野は「やっぱりね」と言いたげな様子で片手で顔を覆った。ここ数年の陽菜の行動のトンデモぶりなら玄野の方が昭雄よりよく知っている。
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