異本 殺生石
その夜上皇は屋敷になかなか戻らなった。陽菜たちは日が暮れてしばらくは待っていたが、蝋燭どころか小さな皿の上に乗った油を細い芯で灯すだけの薄暗い照明しかない屋敷の中ではする事もなく、驚きの連続の一日だったせいか自然とまぶたが垂れ下がってきて、いつの間にか全員眠りこんでいた。
翌朝、薄い御簾が垂れ下がっているだけで開けっぱなしに近い部屋に差し込む朝日の光で目を覚ました陽菜は、近くにフーちゃんがいないのに気付いた。板張りの床を這うように廊下へ出ると、庭園の池の端あたりから男女の声が聞こえた。
そちらを見ると、あの若い上皇とフーちゃんが庭の池のほとりに並んで座りこんで何やら楽しそうに話をしていた。上皇の手には半分広げた紙の巻物が載っていた。陽菜が耳を澄ますと二人のこんな会話が聞こえてきた。
「だからね、上皇様。この荘園で米を作って、そっちの荘園では麦を作ればいいんですよ。そして貢物の量をこっちが十石ならそっちは十五石にすれば、領民の負担は同じぐらいになるでしょ?」
「なるほど、なるほど!そちらの水の乏しい土地の荘園からも米を上納させていたのが悪かったという事であるか?」
「はい。一口に荘園と言っても、水とか土の良し悪しとかいろいろ違いますから」
「では、山奥の荘園であれば他の作物を上納させてもよい事になるか。その分量を多くすればよいはずじゃな?」
「そうですね。ほら、昔から五穀豊穣と言いますでしょ?五穀のうち一種類だけに偏るから不作になる時は全ての荘園が不作になってしまうのです。上皇様は豊穣を祈願する神官でもいらっしゃるんですから、これぐらい気付いて下さらないと困ります」
「あ、あははは、いや、これは一本取られたのう!これ、是清!」
上皇がそう叫ぶと、どこに潜んでいたのか、一人の貴族らしい狩衣姿の年老いた男が上皇の元へ走り寄った。上皇は筆で巻物にさらさらと何かを書きつけると、その貴族に渡した。
「これを御所に届けよ。いや、この娘、見かけどおりただ者ではない。朝廷のボンクラ公卿どもが三年がかりでも解けなんだ難問を半時とかからずに、あっさり解決してみせおった。これで荘園の領主との争いは落着のはずじゃ」
翌朝、薄い御簾が垂れ下がっているだけで開けっぱなしに近い部屋に差し込む朝日の光で目を覚ました陽菜は、近くにフーちゃんがいないのに気付いた。板張りの床を這うように廊下へ出ると、庭園の池の端あたりから男女の声が聞こえた。
そちらを見ると、あの若い上皇とフーちゃんが庭の池のほとりに並んで座りこんで何やら楽しそうに話をしていた。上皇の手には半分広げた紙の巻物が載っていた。陽菜が耳を澄ますと二人のこんな会話が聞こえてきた。
「だからね、上皇様。この荘園で米を作って、そっちの荘園では麦を作ればいいんですよ。そして貢物の量をこっちが十石ならそっちは十五石にすれば、領民の負担は同じぐらいになるでしょ?」
「なるほど、なるほど!そちらの水の乏しい土地の荘園からも米を上納させていたのが悪かったという事であるか?」
「はい。一口に荘園と言っても、水とか土の良し悪しとかいろいろ違いますから」
「では、山奥の荘園であれば他の作物を上納させてもよい事になるか。その分量を多くすればよいはずじゃな?」
「そうですね。ほら、昔から五穀豊穣と言いますでしょ?五穀のうち一種類だけに偏るから不作になる時は全ての荘園が不作になってしまうのです。上皇様は豊穣を祈願する神官でもいらっしゃるんですから、これぐらい気付いて下さらないと困ります」
「あ、あははは、いや、これは一本取られたのう!これ、是清!」
上皇がそう叫ぶと、どこに潜んでいたのか、一人の貴族らしい狩衣姿の年老いた男が上皇の元へ走り寄った。上皇は筆で巻物にさらさらと何かを書きつけると、その貴族に渡した。
「これを御所に届けよ。いや、この娘、見かけどおりただ者ではない。朝廷のボンクラ公卿どもが三年がかりでも解けなんだ難問を半時とかからずに、あっさり解決してみせおった。これで荘園の領主との争いは落着のはずじゃ」