異本 殺生石
「はは、お上!かしこまりましてございます」
 巻物を受け取った老貴族はそのまま屋敷の門へと走り去っていく。上皇は上機嫌でフーちゃんの方に顔をよせながら言った。
「そなたのように美しく、しかも知恵に優れた者をいつまでも放ってはおけんのう。今宵にでも、そなたの寝所へ忍んで行くとするか?」
 フーちゃんもニコニコほほ笑みながら答える。
「あら、上皇様。わたしはまだ歌の一首もいただいておりませんよ。最低でも三日は歌の一首も抱えて通いつめるのが、都人の習わしではございませんか?」
「ホ、ホホホ、あははは!これはまた一本取られた。いやいや、タマモには八百万の神もかなうまい。では出直すとしよう。朕もそろそろ御所へ出向かねばならんでの」
「では、上皇様」
 そう言って未来人の少女は着物の下の銀色のスーツのポケットから、小さな箱を取り出しパカッと二つに開いた。そしてその中にあるピンポン玉ほどの大きさの丸い球体を上皇に向けて差し出した。
「これをわたしだと思って、肌身離さず持っていて下さいませ」
「ほう。これはまた美しい物であるな」
 上皇はその球を手に取り、ためつすがめつ見つめた。
「黄金(くがね)にはあらず、かといって銀(しろがね)でもないのう。両方を合わせたような色じゃ。それにしても見事なまでに丸い形をしておるのう。しかもこの表面、まるで鏡じゃ。このような珍しき物、宮中でも見た事がない。タマモよ、これは何じゃ?」
「それがわたしも詳しい事は。我が一族の家宝とだけ聞いておりまして。東国を逃げるように去る時、あわてて持ち出したものですので」
「そのような大切な物を朕が持ってよいのか」
「はい、お守りとでも思って肌身離さずお持ち下さい」
「おお!無論じゃ。これがあれば片時たりともタマモの事を忘れんでな」
 上皇は上着の袂から布を取り出し、その球をくるんで大事そうに胸元にしまった。そして立ち上がり、名残惜しそうにフーちゃんの元を去った。フーちゃんはまた池の側に座ってぼんやりと空を眺め始めた。
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