異本 殺生石
 玄野を追い出し、念のため部屋のカギをかけて、陽菜は慎重に謎の少女のSFっぽい服を脱がせてタオルで体を拭いてあげた。ジッパーなどの場所が分かれば、陽菜たちが来ている服とそれほど構造は違わない。上半身を露わにし肩から腕にかけての肌を拭いてやろうとした時、陽菜はそれに気付いた。
 何かで書いてあるわけではなかった。濡れタオルでいくらこすっても落ちないから間違いない。たぶん入れ墨、いや西洋風のタトゥーという物なのだろう。鮮やかな大きな緋色の文字が二つ、少女の右の二の腕に刻み込まれていた。そこには「FD」という文字が、少女の異常に白い肌と対比を成すかのようにくっきりと浮かび上がっていた。
 少女が目をさます気配がないので、陽菜も制服からジーンズとスポーツシャツに着替えて一階へ降りた。玄野は床に胡坐をかいて座り込んでテレビのニュースを見ていた。画面の中ではナンタラ長官とかの政府の偉い人がマイクに向かってまくし立てていた。
「原発事故は全く心配のない状況でありまして、放射能の漏出はきわめてわずかな、全く健康に影響のないレベルに留まっております。国民のみなさんは、どうか根拠のない情報に惑わされる事のないよう、落ち着いて……」
 なにか、あの震災以来ずっと同じようなセリフを聞かされているような気がする。陽菜がリモコンでテレビを消すと、玄野ははっと振り返った。
「あ、悪い。気づかなかった。終わったのか?」
「いや別にいいよ。あの子死んだように寝てる。それよりあんた、ニュースなんか見て面白い?あたしゃ耳にタコができたような気がする」
「ああ、全然進展しないもんな。原発の作業員も全員退避してから長いこと経ってるし」
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