異本 殺生石
 そしてまた馬にまたがり、闇の中を走り去って行った。陽菜たちだけがその場に残り、フーちゃんを火葬している場所に戻ろうとする直前、またアベが立ち止まって誰にともなく言った。
「なんという事だ……この時代の科学知識では、あれほどの量の放射性物質の塊をどうこうするのは不可能だ。人間が近づけるようになるまで、二百年はかかる……」
 やがて夜が明け、陽菜たちは焼けた薪の中からフーちゃんの遺骨を拾い集め、粗末な小さな壺に収めた。それを白い布でくるみ、玄野は布の端を自分の首に巻きつけて胸に抱えた。そして陽菜に言った。
「じゃあ、お別れだ。元気でな、陽菜」
「ゲンノ……本当に行くのか?」
 そう問う陽菜に玄野は迷いのない顔つきで大きくうなずいた。アベが横から尋ねる。
「分かっているとは思うが、もう二度と自分の時代、21世紀には帰れないのだよ。本当にいいのだね?」
 無言で、しかし決然とした表情で再び大きくうなずいた玄野を見て、アベも数度うなずいた。
「君の今後の行動を制約はしないが、一応これからどこへ行ってどうするつもりか、聞かせておいてくれないかね?」
「とりあえず、陸奥の国、楢葉の郡あたりに行ってみようと思います。どこかでお寺にでも入って、フーちゃんの菩提を弔って暮らすのもいいかも、とか思ってて」
 陽菜が怪訝な顔で言う。
「ゲンノ、外国へ行く気か?そのナラハノコオリって、どこの国の街だよ?」
「いや、そうじゃないよ、陽菜。俺たちの時代で言う、福島県の海沿いの辺りの事さ」
 そして玄野は朝日に照らされた青い空を見上げながら言った。
「原子力や放射能なんて言葉さえまだ無いこの時代の、美しい清らかな故郷の土にフーちゃんを葬ってあげたいんだ」
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