空しか、見えない
 もう一度気を取り直して平泳ぎを始めるが、なかなかうまく進まない。考えてみたら、毎日泳いで訓練していたハッチの頃だって、芙佐絵には遠泳は難関だったのだ。行く前から何度も挫折しそうになって、海を前にたじろいで、それでも何とかみんなに支えてもらって泳ぎきった。仲間があればこそだった。
 それをこの年になって、もう一度できるのだろうか。考えると、急に不安になった。
 一往復して水の上に顔を出すと、隣のレーンでは、派手な水飛沫を上げて、吉本も顔をあげた。

「得意なんですね、泳ぐの」

 息を荒げながら、訊いてみる。

「当たり前ですよ。私は体育教師なんですから」

 顔についた水を日に焼けた大きな手でがさつに拭う。眼鏡の替わりにゴーグルをつけている。敵は、まだ幾らでも泳げそうである。
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