空しか、見えない
「力が入ってるぞー、もっと楽に」

「おーい、純一、何を悩んでるんだ? 恋煩いか?」

 プールサイドから、先生方にからかわれた言葉までよく覚えている。
 水の中で全身を使ってひたすら泳ぐ。手がふやけるまで泳ぐ。力みが抜けて、何週でも進んでいけるまで泳いだ。
 あの頃、ピアノ漬けでおかしくなりそうな自分を支えてくれていたのは、間違いなく水の中で泳ぎ続けた時間だった。
 それに、ピアノの教室やコンクールで顔を合わせるメンバーたちとはまったく別の、心から一緒にはしゃぎ合える仲間たち。
 かといって、もちろん今自分が泳がなくていけないというわけではない。婚約者の言う通りだ。
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