空しか、見えない
 佐千子は、急いでノートパソコンを専用のバッグに収めると、部屋の外へと出た。
 自分はまだ、泳ぎ始めていない。早くみんなのように、夏の岩井に向かって泳ぎ出したいけれど、その前に居ても立ってもいられない迷いを抱えてしまった。
 これまでならきっと、ひとりで抱えたはずだった。のぞむからの連絡を待ち続けたときも、はじめのうちこそ問われるままに千夏には答えてきたが、やがて自分ひとりの胸に閉じ込めてしまった。誰かに相談するような話ではないし、会えば、つい心を溢れ出させてしまいそうで、ハッチのメンバーには、会わなくなってしまった。それが、ここ数年の佐千子だった。
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