空しか、見えない
 鉄の扉の向こうから、まだ熱が伝わってくるようだった。ドアノブが動くような気がして仕方がなかった。
 鼓動が激しくなり、サチは背中越しに、扉の外の音に耳を傾けていた。
 やがて、ゆっくりとした足音が響き始め、彼が遠ざかっていくのがわかる。
 ごめんね、環。背中を落として歩いていく環の後ろ姿が見えるようだった。
 どうして、環じゃいけないんだろう。こんなにもずっと、優しく見守ってくれる人を、どうして自分は好きになれないのだろう。
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