空しか、見えない
 携帯電話を握りしめていると、まるでその中の別の友人たちが話しかけてくれるような錯覚が起きた。少し緊張しながら、純一のアドレスを表示させ電話をしてみると、彼は出てくれた。

「おう、どうしたの? ちょっと待ってて、そのまま切らないで」

 電話の後ろではピアノの音色が響いている。生徒なのか、婚約者なのか、音色からではその実力のほども佐千子にはわからない。

「久しぶり、サセ。ちゃんと泳いでる?」

 純一の声が、耳元に温もりを運んでくれる。

「うん、今もジムから帰るところ」 

 自分の表情が和らぐのを覚える。

「じゃあ、千夏も一緒かな?」 

 更衣室を出る人たちが、誰にともなく、お先に失礼しますと声をかけて出ていく。
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