空しか、見えない
少し遅れてプールに現れた環の体は、肉体美といっていいほどよく締まり、二の腕や背中には筋肉の筋が見え、腹も筋肉で割れている。
「ひゅー」
プールから顔を出した女ふたりが、男のように口笛を吹いてしまう。
「あれは、おいしいよ」
千夏がそう言って佐千子に耳打ちし、壁面を蹴って、水の中へと体を伸ばしていく。そういう千夏の体だって、見事にしなやかなのだ。胸や尻は適度にふくらみ、肌は水を弾いている。
力強く水を掻き始めるとじきに、ぐいぐい進んでいくのがわかる。
隣のレーンでは、環もすぐに泳ぎ始めた。ふたりは、なぜそんなに力強く進んでいけるのだろう。
佐千子の脳裏には、ハッチの頃の、自分ひとりがみんなから置いて行かれそうな不安がまたよぎった。
その頃は、佐千子の体がとびきり細かったこともあり、何しろ浮き身も満足にできなかった。空を見上げようとすると、必ず膝から下の足が水中深くへと沈んでいく。先生は、縁起でもない呼び方で、「おい、土左衛門」とからかってきた。