空しか、見えない
 ぶるぶる首を振って、嫌な記憶を追い出そうとする。
 だが、どんなに掻いても、とてもふたりのようには進まない。掻いても、掻いても遅れていく。そのうち、息が苦しくなる。

「サセ、ちょっと止まって」

 競泳者用のソロレーンから、ロープをくぐって入ってきた環が、佐千子の足をつかむ。

「サセさ、足の裏が上向いちゃってんだよ。だから全然、掻けていない」

「えー、どういうこと?」

「だからぁ」

 そう言って、足首をつまみ上げられたので、佐千子の体は水に沈んでしまった。水を飲み、慌ててもがいて上にあがったとき、環の体に思わずしがみついていた。
 むせている背中を、環が叩いた。
 環の股間の膨らみが、佐千子の内股に触れ、環の胸の筋肉と佐千子の乳房の膨らみもぶつかった。
 それはもう、中学生のときのような感触ではなかった。
 自分の体が、環の体に、磁石のように引きつけられていくのを、佐千子は感じた。
< 540 / 700 >

この作品をシェア

pagetop