空しか、見えない
 泳いだ後の、何とも言えない脱力感、緊張が体からすべて抜けていった柔らかな疲労に包まれながら過ごす時間が、この頃、芙佐絵の愉しみになっていた。
 教師をしていると、もちろんいろいろな悩み事は尽きなかった。子ども同士の小さな諍いが、事件や問題に発展しないように目配りしなくてはいけない。親が関わりすぎる家庭もある。子ども同士のトラブルで、子どもの方はじきにけろっと仲直りするのだが親同士の喧嘩へとつながる場合もある。
 いろいろな出来事から逃げるつもりはないけれど、以前は仕事が終わったら真っ先に学校を後にしたかった。
 ハッチの仲間たちは賢明で、皆ジムなどに通っているらしいが、自分は安月給だし、何より子どもの頃から馴染んだプールが、そばにあった。ハッチの頃にも練習をしたそのままのプールが、少しずつ改修されて、まだ使われている。ここで自信をつけて、皆海へと送り出してもらったのだ。
 はじめは力試しだけの気持ちで泳いだはずが、そこが自分にはとてもなじみ深い場所なのだと気づかされた。吉本の声は煩かったが、それも気にならないほど泳ぎに専念できるようになった。
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