空しか、見えない
 新宿からほど近い、清水橋にあるまゆみのマンションの部屋には、小さなベランダがある。ある日は冬だというのに、そこに椅子をふたつ持ち出して、一緒に毛布にくるまって、ずっと夜が明けるのを眺めていた。

「なんでかな。俺、今日は空に吸い込まれていきそうで、こわくて仕方ないよ」

 そう言ったのは、事故の、ほんの1週間前のことだった。
 誰の話にも、程よく言葉を返すのがバーテンダーの務めのはずなのに、そのときまゆみは何も答えられなかった。
 ただ彼の温もりや、匂いや息づかいを感じていた。まゆみには、義朝が愛おしくて仕方がなかった。ずっと自分の傍にいてほしいと願っていた。でも、5歳も上の自分が彼を束縛するわけにもいかないと、自分に言い聞かせていたところがある。
 彼が話す旧友の話は、ただ眩しくて、微笑ましかった。だから、彼らと自分がこんな風に交わるときが来るなんて、夢にも思っていなかった。
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