空しか、見えない
 先生は、ある日、母に子どもたちの遠泳の練習を一度見に来るよう頼んでくれた。子どもたちが、どんなにがんばっているか、マリカが泳ぎが得意なことも見てやってほしい、と頼んでくれた。
 遠泳の最後の練習は、水深のある大学の屋外プールを借りて行われた。バディごとに隊列を組んで、互いのペースを見ながら、プール内に輪を描き、何周も泳ぎ続ける。
 母は、プールの見学席に、大きな日傘をさして座っていた。
 マリカがプールから手を振っても、振り返してはくれなかった。女優志望だった母は、ほとんど役にも恵まれずに終わったそうだ。母がフランス人の父と結婚したのは、別に愛していたわけではなくて、美しいハーフの子どもを生みたかったからだと、それが離婚の理由のように、よくうそぶいていた。
 生まれたマリカには、バレエを習わせ、小さな頃から劇団に入れた。
 プールの見学をした日の夜に、ふたりはついに激しく衝突したのだ。
 見学をすると母は余計に意固地になって、遠泳になど行く必要はないし、屋外で練習などすぐにやめさせてくれるよう、学校に手紙を書いてしまった。
 マリカは仲間たちと一緒に行かせてほしくて、泣きじゃくった。
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