空しか、見えない
「いいな、そういうの。家族の思い出だね」

 同じ音楽家の父親を、彼は心の底から尊敬しているのがわかり、佐千子は羨ましくなる。自分の父親には、もちろん感謝しているが、生真面目で堅苦しくもあった。

「純一って、いつ免許を取ったの?」

「18の誕生日を指折り数えて免許を取ったんだよ。取って最初に女の子を乗せて、真っ先に走ったのがアクアラインだったけどね。海ほたるのサービスエリアで、海を見ながらお茶してさ。のぞむは、サセ、連れて行かなかったの?」

 BGMのピアノソロが、少しアップテンポになる。うっすら、拍手や歓声が聞こえる。

「海ほたるへは行ってないけど、一度だけ、岩井には行ったかな。のぞむは免許を取り立てで、車はオンボロで、もちろんナビなんてついてなかった。アクアラインって、確か当時は往復すると1万円くらいかかったでしょう? 私たち、貧乏学生だったもん。下道をのろのろ走っているうちに、道に迷ったり、日が暮れたりで、本当に変なドライブだったの」
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