空しか、見えない
 佐千子はふたりで出かけた岩井海岸への珍道中を、思い出しながら話す。昔の仲間たちには、今こそ何にもかっこつけたりせずに話ができる。当時のありのままの、のぞむや自分が、会話の中にいる。

「なんだかサセ、やっぱり楽しそうに話すね。あいつのこと、まだ好きなんだ」

 ハンドルを握り、まっすぐ前を向いたまま、純一はそう言い切った。
 まだ、好きなんだ。あまりにストレートな問いかけとも言えない投げかけに、佐千子は不意打ちを食らったような気がした。ごまかしようもなく、佐千子は、「うん」と声を出していた。大きな声ではなかったが、たぶん純一には聞こえていたはずだった。
 でも、彼はそれ以上深く訊ねたり、話を続けたりはせず、再び目の前に現れたのぞむの幻影と戯れるのを許してくれていた。
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