空しか、見えない
ごじべえのおじさんは、宿で甲斐甲斐しく、ビーチチェアを運ぶ作業をしていた。
宿の門を出ると、すぐに海までの道が細く続いている。潮の香りが、風に運ばれ、ここまで届く。
この間、みんなで来た時には雨と強風で、岩井海岸のこんな穏やかな気候や光の強さを忘れていた。
おじさんの仕事が一段落するのを待ちながら、ふたりで中庭のベンチに座って、ペットボトルの水を飲んで待った。純一は、おじさんの分も買うのを忘れない。
汗を拭いながらおじさんがやって来て、一緒に木のテーブルに向かい合って座った。アクアラインでの顛末を話すと、おじさんも同じように笑った。
「あそこはさ、川崎側からは神奈川県警、木更津側からは千葉県警の交通機動隊が狙いうちよ。行きに捕まって、帰りにもまた捕まったなんていうのもいたっけな」
「帰りこそは、気をつけますよ」
純一が手渡した水を、ごじべえのおじさんは、「じゃあ、遠慮なく」と、目を細めて飲んだ。