空しか、見えない
 川べりにはこんな時間にも、やはり自分と同じようにひとりで歩いている女がいた。犬を連れている分、どこか様になっている。春にはきれいな道だ。それ以外の季節には花こそ咲かないが、それでもこの樹は桜なんだというだけで、佐千子はどこか励まされる思いがする。花の咲かない季節にも、桜の樹は風を浴びてじっとそこに立ち続けている。何をやっても半人前のままの自分とその樹木を、佐千子は知らぬ間に重ねているのかもしれない。
 自分だって、いつかは花が咲くはずなのだ、と。
< 6 / 700 >

この作品をシェア

pagetop