空しか、見えない
 よく見なくなって、灯りをつけなくたって、純一にはすでに脳裏に鮮やかに広がる光景だった。
 あの夏の岩井は、帰る際になってもまだ炎天下で、麦わら帽子を脱げないくらいだった。
 本当は、あのとき義朝が呟いたひと言だって、純一はよく覚えていた。

「俺、ハッチで泳いだこの夏の岩井が、これまでで最高の思い出になると思う。みんなはどうか知らないけど、俺には最高だった。だから、どうしても最高の写真を撮っておきたいんだよ」

 ゴスケの横で笑っている義朝の少し高い声が、蘇ってきた。義朝は、泳ぐのが苦手だった。苦手同士、サセと待ち合わせして、最後は区民プールにまで通っていたはずだ。のぞむや、環、マリカまでがつきあったのではなかったろうか。
 きっと、合宿に行く前はずいぶん緊張していたのだろう。だから、すべてを無事にやり終えて、こんなに誇らし気な顔をしている。少年らしい、そしてどこか男らしい顔だ。
 俺にとっても、最高の思い出だよ、義朝。
 だけど、ごめん、俺はもう、この思い出のページを閉じるよ。ひとりの女との約束を、守らなきゃならないんだ。自分の決めたひとりの女を守ってやるのも、やっぱ、大事なことだって思うんだ。
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