空しか、見えない
 そうだった。シャッターを押そうと、宿の人がお決まりの、はいチーズ、のような台詞を口にしたら、ゴスケがワンと吠えたのだ。
「ゴスケ、チーズが大好物だからな」と、ごじべえのおやじさんが言い、またみんなで大笑いになった。

「こらあ、ハッチ、みんなもうバスに乗ってるって言ってるだろうが。お前らだけ、置いてくぞ」

 男みたいな体育の教師、真田が迎えに来て、フーちゃんが、「はいぃいい」ってひきつったような返事をして、みんなまた笑ったのだ。

「そうだ、真田先生も入ってよ。写真に」

 義朝は、いやがる真田の手を引いて、無理矢理ゴスケの隣に座らせたら、ゴスケがまたワンと吠えた。

「先生、チーズ食べませんでした?」

 環の問いかけに、「そんな暇、どこにあるよ?」と答えたが、「はい、チーズ」ともう一度宿の人の言った声に、ゴスケはさらに吠えたのだった。
 先生も女だったんだな、えくぼを浮かべて案外、可愛い笑顔で映ってるもんな。 
 バーに残ったみんなは、本当はもっと写真を見ていたかったろうと純一は思う。
 はい、チーズ、か。純一は精一杯の笑みを浮かべる。

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