空しか、見えない
バーでは、吉本の独演会のようになっていた。
元々、手品が好きとかで、鞄にいろいろな道具が詰め込まれてあった。割り箸1本でできる手品は、割り箸に書かれた点が、手をかざすだけでひとつになったり、ふたつに増えたりする。
「えー、なんで?」
みんなの視線が一気に集中する。
「あ、仕掛けがわかったちゃったかも。ごめんなさい、吉本さん」
最初に見つけ、手をあげたのは、佐千子だった。
「イエイ! 俺もわかったね」
環も続き、佐千子とハイタッチする。さらに、三度、四度と繰り返してもらい、ようやく「いやん、何よ。簡単な手じゃないの」と、背もたれに体を倒したのは、千夏だ。
最後まで残った芙佐絵が、
「お願い、もう1回。吉本先生、やめちゃだめ。お願いですって、もう1回だけ」
と、最近、またつけている分厚いレンズの眼鏡の中央に指をあて、そう言う声がやけに可愛い。