空しか、見えない
「免許を取って、何年になる?」

「7年、かな」

「その間、ずっとペーパードライバーか。美知の奴は、時々勝手に乗って出かけているみたいだけどな」

 実家で父と同居している、調子のいい妹の姿が目に浮かぶ。いや、妹がいて、どれだけ助かっていることだろう。

「免許があれば、少しは就職活動に有利かなって、思ったの。私ってそんなことばっかり考えていたんだよね」

「夢中だったからな。新聞記者なんかになって、佐千子は、お嫁に行けるのかしらって、よく母さんは、心配してたけどな」

「そんなこと、言ってなかったよ、私には」

 父は少し笑ったようだ。

「嫁になんか行こうが行くまいがどっちだっていいんだけどさ、今更訊くけど、佐千子はどうしてそんなに新聞記者になりたかったんだ?」

 こんなに長く父と電話で話すのは、はじめてだった。土曜の午後、最近は休日出勤も残業もなく、ゴルフの誘いもめっきり減ったそうだ。父も久しぶりに家でのんびりしていたのかもしれない。
 父の質問は、佐千子にとても素朴な響きを持って電話の向こうから伝わってきた。実家の、平凡で、適当に散らかったリビングルームの様子が想像できた。
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