空しか、見えない
 父も祖父も新聞記者だったわけではないし、親族にジャーナリストもひとりもいない。日頃から、アカデミックな会話が交わされていた家でもなかった。
 就職活動のときに、父と同じような質問をされると、佐千子はいつも必死に答弁してしまった。
 世界の紛争の様子を伝えたいからだと気負ってみたり、世の中の不正を見つめていきたいと意気込んで口走ったこともあった。
 入社した業界新聞の会社のときには、もう大手の試験にすべて失敗した後で、

「小さなコラムにも、人の温もりを感じるときがあるんです」

 佐千子は確か、その日読んだ朝刊の投稿記事を思い出して、そう答えたのではなかったろうか。
 紛争や不正を大真面目に話しても、誰にも耳を貸してはもらえなかったが、コラムの話は自然に訊いてもらえたのが、当時の佐千子には、まだ理不尽にさえ思えていた。
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