空しか、見えない
 自分がこんな風に今ものぞむを思っていると知ったら、彼は重たく感じるのかもしれなかった。そうかもしれないけれど、最後にまゆみの店で会ったときの、のぞむの様子、岩井海岸でじっと見つめられた、黒々と輝く瞳を思い出してしまう。そこに、情熱が宿っていなかったとは、どうしても思えないのだ。人の情熱は、取り繕いようも、隠しようもないはずだ。
 新聞の取材をしていても、そう思う。話していると、突然、相手の瞳が情熱的に輝きだす瞬間がある。たぶん自分にも、あるだろう。
 のぞむの情熱は、あの時自分に向かっていたのではないのかもしれないけれど、その瞳の中では確かに彼が息づいているのを感じた。
 だからこの間のメールは、わざとそっけなく書き送ってきたように思えてならなかった。

 〈ごめん、やっぱり、遠泳やれません〉

 昔ののぞむが拗ねているときの、口調のようだった。
 みんなが理由を知りたいことくらいわかるだろうに、なんて仕方のない男なのだろう。なのに、なぜ憎めないのだろう。
 佐千子の考えは堂々巡りして、やっぱり、もう考えるのはよそうと、iPhoneの音を消して、窓を開けて、空気を入れ替えた。

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