空しか、見えない

第27話

 今年の夏は、7月の声もまだ聞く前から、猛暑日を記録している。
 佐千子は、日中のうだるような暑さの中、仕事の資料を探しに図書館へと向かった。
 繊維の歴史などを綴った資料は専門的で、インターネットなどでは見つからないことが多い。専門用語も難しい。たとえば、インタビューで聞いた話の単語がわからず、一日探し続けた日もあった。

「こん巻きの糸がさ」

 取材相手は、何度かその言葉を使った。佐千子も勝手に、わかったような気になって、「根巻き」「紺巻き」など、専門の辞書で引いてみてもまるで出てこない。デスクに聞いても首を傾げるばかりで、慌てて図書館に行き、ページをめくっていた本の中に「コーン巻き」という言葉を見つけた。トンガリコーンのように三角錐に巻かれた糸だ。
 今度の資料、『或る繊維王の一代記』はすぐに見つかったのだが、佐千子はひんやりした館内からまたすぐに外へ出る気になれず、他の棚も見て回った。
 どうしても、「海」や「水泳」関連の書棚が気になってしまう。
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