空しか、見えない
「ヤッホー!」

 昔から、前向きそのものだった環がやって来て、隣に座るなり、佐千子のチップスを口に頬張る。

「いいねー、ビール大、でお願いします」

 チェックの開襟シャツに、鞄を斜め掛けにして、足にはまだギプスをはめている。骨にはボルトが入ったままなのだそうだ。それでも、松葉杖もせずに、元気に地下鉄に乗って通勤しているという話だった。

「環って偉いね。なんか、最近、環のすごさがわかる」

「えー、どこ? どこがすごいの、俺って?」

「前向きなところ。どんなときにも」

 しばらく佐千子の顔を見ていた環が吹き出して、口からチップスが飛び出た。

「やだー、汚い! もう」

 と、膝を払う。

「だって、前向きってさ、なんだよ、そんなの今さら」

 環は腹を抱えて笑っている。

「25にもなって、前向きだっていうの、褒め言葉かよ」

 まゆみがビールを大ジョッキで運んできた。

「何だか、楽しそう。見ているだけで、うれしくなっちゃうわ」

「そうそう、環の笑い方って、そういうとこあるよね」

 佐千子も、相づちを打つ。
 まゆみは、少し肩を上げて微笑み、カウンターの内側へと戻っていった。
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