空しか、見えない
「私、不安で。でもこの本を読んでいたら、お守りのような文章がたくさんあったの。<身体は急に沈むことなく、たとえ足が沈み始めてもね、やがて止まるのである。そのうちに止まると知っていれば、心配しない>って」

「大丈夫だよ、サセ」

 環の手は熱くてかさかさしていた。握り返されて、環の胸板に当てられた。

「サチは、もう十分準備したじゃないか。誰より一生懸命練習した。どんな神様だって守ってくれるって俺、思うよ」

「そうだよね。でも、環、私」

 どうしても手を抜こうと、自分の身体が反応してしまう。

「わかってるから」

 環はそうは言いながら、手は離してくれなかった。

「サセの気持ちはわかってるんだ。でも俺、ずっとサセのことはさ、もうずっと好きだから。きっとこの先も、どこにいても、何をしていても、サセは好きだと思う。いつでも、どこにだって飛んでいくよ。俺、サセのことなら絶対に助ける」

「ごめん」

 とっさに謝ってしまったのは、環にそう言われれば言われるほど、自分は応えられないと気づかされたからだ。なのに、わかっていながらこうやってふたりきりで飲んでいること自体が、甘えているのである。だから、ごめん。
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