空しか、見えない
 車内でかける音楽も、佐千子がiPhoneに用意して接続した。ハッチのテーマ曲である、例の〈ウルトラソウル!〉の箇所に来ると、皆が声を合わせて、拳を振り上げる。半分冗談っぽく準備したつもりなのだが、皆、抵抗なく盛り上がっている。すっかり、あの頃に戻ってしまっているかのようだ。
 義朝も、純一も、そしてのぞむもいないけれど、皆の記憶が溢れてくる。そこにいない人のことを想う。中学時代に、繰り返し伝えられた、その校訓が、当時はただ押し付けがましいようにも感じたのに、年を経るごとに大切な考えだったようにも佐千子は思えてくるのが不思議だった。
 房総半島を、車は駆け抜ける。
 やがて視界に海の青が拓けてくる。
 吉本が少し速度を落とし、窓を開けたのを見て、佐千子も真似をする。

「なあ、サセ、フーちゃんよかったな」

 環が窓からの風に煽られながら、そう言う。

「同じこと、思ってたよ」

 佐千子も、呟く。
 千夏のお菓子やマリカの香水で、甘い香りが立ちこめていた車内に、潮の香りが入り込む。CDの音が消えると、皆銘々に潮混じりの新鮮な空気を吸い込み、静けさを楽しみ始める。
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