空しか、見えない
「いよいよね。緊張してきちゃうわ」

 マリカは、そう言うわりには、いつも通りの落ち着いた声だ。

「私なんて、海で泳ぐこと自体がほとんどはじめてなので」

「着いたら、練習しようよ」

 まゆみに安心を呼びかける環の声に、千夏が続く。

「でもね、まゆみさん、ひとりきりじゃないから。必ず、みんな一緒だから、きっとすぐに、それが信じられると思うな」

 泳ぐ前から緊張しているのは、佐千子も同じだった。厳密に言うと、こうして皆の命を預かって、ハンドルを握っているのだって、まだ緊張は尽きないのだった。
 だからなのか、すぐにも海へ泳ぎ出したいようにも感じていた。そして、浮き身をして、ぽっかり海に浮かびたいのだ。
 その浮き身に、ハッチの頃は、プールでずいぶん苦しめられた。

「おい土左衛門」

 ドラえもんみたいに、軽々しく連呼された先生の悪態が、まだ耳の奥に甦ってくる。
 でも、海では、うまくできたんだった。ぷくーっと、身体が自然と浮いて、大の字になって空を見上げることができたのだ。そのとき、ようやく強ばっていた身体から緊張が少し抜けて、海や空を感じたのだった。
 そして横には、のぞむがいた。
 今、ここにいない人を想う。
 あのとき、横にいてくれたのぞむや、バディだった義朝や純一、みんなを思いながら泳いでいこう。
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