フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「慎二……」


私は、彼を、心の底から軽蔑した。


「東子。昨日の話は無かった事にしよう。俺のところへ戻って来てくれないか」


そして、彼の全てに、私の魂が拒否反応を起こした。


「美月とは別れる」


「あなたは……子供を捨てるというの?」


慎二は苦虫を噛んだような顔のまま、黙り込んでしまった。


何も答えようとしない。


「なぜ、そうやって捨てる事ができるの! 私の事も、美月の事も」


何より。


「子供を捨てようだなんて!」


叫んだ時、なぜか、美月の姿が脳裏に浮かんだ。


愛に満ちた優しい笑みを浮かべて、慈しむようにお腹をさする美月の姿が。


突然、声を荒げた私に、慎二が驚きの表情をうかべる。


この男には分からないでしょうね。


「慎二は捨てられた事がないから、平気な顔でそんな事が言えるのよ!」


やるせなくて、体がぶるぶる震えた。


「東子……どうしたんだよ、落ち着いて……俺の話を聞いてくれないか」


「聞きたくないわ! もう、顔も見たくない!」


「とう……」


愕然とした慎二が、力を失ったように私の手を離した。


「早く、美月のとこへ行って」


私はポインセチアの鉢を拾い上げ、葉に積もった雪を払い落とした。


とても惨めな気持ちでいっぱいだった。


真っ新な雪を払うと出て来たのは、燃えるような真っ赤な色だったから。


「帰ろう、東子さん」


ハルの声に、泣きそうになった。


「一緒に帰ろう」


その声は汚れなんて知らないような、清潔で透明な声だったから。
< 100 / 415 >

この作品をシェア

pagetop