フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「何、ふざけた事」


何もふざけてないよ、とハルはとても穏やかな口調で言った。


「昨晩をもって、ぼくたちはふかーい関係になったんだ。ああ、体じゃないよ」


フフ、とハルが面白可笑しそうに笑った。


「ぼくは愛する女しか抱かない主義なんだ。嘘じゃないよ。ぼくは嘘はつかない」


そして、すっとぼけた口調で、さらりと言った。


「ふっかーい関係になったんだと思うんだよね。ぼくたち。心と心がね」


「……ハル」


私はポインセチアを抱きかかえたまま、ハルの背中を見つめた。


降る雪がハルのダウンジャケットにぶつかって、粉々に砕けてはらはらと落ちる。


通行人がハルの顔を見てギョッとした顔をしては即座に視線を反らし、足早に去って行く。


まるで、化け物に遭遇し、逃げて行くかのように。


私には、それがなぜなのか、なんとなく分かった。


「何だ、その目は」


そう言った慎二の唇は震え、まるで脅える子羊のような顔だった。


慎二がそうなってしまったのがなぜなのか、私は予想がついた。


おそらく、ハルは今、あの目をしているのだと思う。


「え、何? ぼくの目、おかしいかな?」


この世を恨んでいるような、あの野蛮な目を、おそらくハルはしている。


「ねえねえ、変かな?」


見て見て、とでも言わんばかりに顔を接近させていくハル。


そんなハルにカッとなった慎二が、


「バカにしてるのか!」


ダウンジャケットに掴みかかった。


「ふざけるんじゃない! ガキのくせに」


「ああ、興奮しないで。怖いじゃないか。冷静に、ね」


そう言って、ハルは逆に慎二の手首を掴み、すううう、と息を吸い込んだようだった。


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