フィレンツェの恋人~L'amore vero~
眩くて、私は目を細めた。


「ハル」


ハルの真っ黒な髪の毛先に付いた雪がキラリと輝いている。


「お兄さんみたいな人を、何て言うか分かる?」


そう言って、ハルは慎二の額に自分の額をピタリとくっつけた。


「教えてあげるね」


すすすうー、っと音を鳴らして、ハルが冬の空気を吸い込む。


「ケ!」


ケ?


次の瞬間、思わずポインセチアを落としそうになった。


地響きのような、いや、まるで地を真っ二つに割り裂くような声だった。


「ケ、セラ、セラ!」


天と地がひっくり返ってしまったのかと思った。


行き交う人波も、雑音も、風も、全ての動きと流れが。


ほんの一瞬にすぎなかったけれど、全てが停止した。


遠くでクリスマスソングが聞こえて、ハッとした。


人波が一気に動きを取り戻す。


風が、雪を巻いてくるくる回転しながら吹き抜けて行った。


がやがやと騒がしい雑音と話し声が、雪空に吸い込まれて行った。


街は再び時を取り戻したかのように、動き出していた。


「お兄さんみたいな人の事、ケセラセラっていうんだ」


振り向いたハルが、に、と私に微笑んでまたすぐに背中を向ける。


「いい? この先、東子さんの嫌がる事をしたら、許さないからね」


と、ハルが手を離すと、慎二は魂を抜かれたように顔面蒼白になって、


「一体……何だっていうんだよ」


口をぽかんと開けたままガクと膝から崩れ落ちて、雪上にへなへなと座り込んだ。


まるで、へたれだ。


見ていられなかったし、こんな慎二を見るのは嫌だった。


「さ、立って。東子さん」


ハルの手がすうっと差し出される。
< 104 / 415 >

この作品をシェア

pagetop