フィレンツェの恋人~L'amore vero~
私はキッチンでコーヒーをドリップしながら、ハルを見つめた。


「分かったって、何を?」


「ほら。ぼくたちが初めて会った夜。東子さん、ぼくに言っただろ」


え? 、と首を傾げてみせると、ハルはすらすらと台詞を並べた。


「あなた、殺人未遂の犯人? 凶器、持ってる? なんだ……違うの」


「よく覚えているわね。私はもうすっかり忘れていたわ」


「まあね。奇妙なこと聞いて来る女だなあって、とても印象的だったからね」


ハルは、やっぱりとても頭の良い子なのではないかと思う。


一昨日の事を完璧に記憶していた。


『次のニュースです』


映像が切り替わった時、


「そうかあ。うん。これで納得がいったよ」


と頷くハルに、これまでとは何かが違う、不思議な感情が芽生えていた。


「東子さん」


「え?」


「良かったね。ぼくが犯人じゃなくて」


「そうね」


「どうしていたの? もし、ぼくが犯人だったら」


「どうしていたのかしら。分からないわ」


きりりとした形の良い眉を八の字にして、ハルはこそばゆそうに笑った。


「東子さんは、おかしな人だね。なんて危機感のない」


「あら。何を聞いても答えたくないと言うハルだって、明らかにおかしな人だわ」


「うん。確かに。それは一理あるね」


「素直に認めるのね」


「認めるよ」


「おかしな子」


何とも言えない、安心感だった。


私はハルの事をほとんど知らない。


そして、おそらく、ハルもそうだ。


お互いに知らない事だらけなのに、もう、二晩も一緒に過ごした。

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