フィレンツェの恋人~L'amore vero~
可愛い妹のような存在の美月も、大好きな慎二も、同時にいっぺんに失った。


「私……強いわけじゃないわ」


慎二が思っているほど、強いわけじゃないのに。


白いウール生地のトレンチコートに身を包み、お気に入りのロングブーツ。


高級ブランドのバッグを持っていても、今の私は誰が見てもみすぼらしいに違いない。


クロエのバッグの中で携帯電話が喧しく泣いたのは、家電量販店のショーウインドウ前を通過した時だった。


ウインドウ前には相変わらずの人だかりで、最新の薄型テレビがずらりと肩を並べている。


どの画面にも、同じ映像が映し出されていた。


例の殺人未遂現場。


多くの報道陣。


物々しい雰囲気が明々と映し出されていた。


『繰り返します』


スピーカーからは、女性アナウンサーの美声が響き渡る。


『犯人は現在も逃走中。目撃者によりますと、細身で背は170から180の長身。二十歳前後の若い男とみられ、上下ともに黒っぽい服装で……』


美声に耳を傾けながら、私は携帯電話のディスプレイを睨み付けた。


『凶器と思われる刃物を持って逃走している可能性があり、まだ近くに居る可能性が非常に高いと思われます。警察が全力で犯人を追っています……』


そうか、まだ、この近くに。


だったら、いっそ、その刃物で、私のこの体をひと思いに突いてはくれないだろうか。


中途半端な個所ではなく、心臓を、ひと思いに一発。


ざっくり、と。


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