フィレンツェの恋人~L'amore vero~
そして、一枚の毛布をふたりで分け合い、肩を寄せ合いながら眠った。


暗闇に男と女。


そんな状況なのに、キスも何もない。


だけど、何とも言えない心地よさが、ハルの隣にはあった。


例えば、焼立てのホテルブレットのような、温かくてふんわりとした。


そもそも、ハル自体、そんな感じの子だった。


ふわふわと宇宙空間を旅しているような。


私はカップにコーヒーを注ぐと、まっすぐソファーに戻った。


「はい、どうぞ。にがーいコーヒー」


「ありがとう」


ハルは、犬みたいだ。


ちょっと間抜けな、でも、芯の強さを持った、シェパード犬。


立ち上るほろ苦い湯気をすんすん嗅いで、


「ブルーマウンテン、と、キリマンジャロ、のブレンド」


ぴたりと言い当てるあたりが、特に。


「どう?」


「正解」


「よし」


に、と勝利したように、ハルが得意げに笑った。


そして、つられて、わたしもクスリと笑ってしまうのだ。










その日、美月は出社して来なかった。


「おはようございます。牧瀬さん」


「おはよう、平賀さん」


「それにしても、あれですよね」


と、美月の席に座ったのは最年少の同僚で、平賀彰子(ひらが しょうこ)だった。


ふあっとあくびをして、彼女が呟くように言った。


「珍しいですよねえ。美月さんが無断欠勤だなんて」


「えっ、無断欠勤なの?」


驚いて顔を上げた。
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