フィレンツェの恋人~L'amore vero~
繭が、う、と言葉を詰まらせる。


「話して。私たち、親友よね。水くさいのは無しよ」


「東子」


「力になれる事なら、協力する。私だって、繭と桔平には世話になってばかりだもの」


フェアに行きましょう、と私は深く考えもせずに微笑んだ。


「そう? じゃあ」


と、次の瞬間、繭が弾けるような音を出して合掌した。


「お願い、東子! こんな事頼めるのは、東子だけなの」


繭が大きな声を出したせいだ。


周りの人たちが、私たちをじろじろと見て来る。


「今夜だけでいいの。今夜だけ、桔平の妻になって!」


今、何を?


「……は……?」


無鉄砲すぎるそのお願いに、開いた口がふさがらない。


ぽか、と口を開けて固まる私に、


「実はね……」


と繭が話し始めた。













嫌よ、と私が返事をした時、その絶妙なタイミングを見計らったように、デザートが運ばれて来た。


私はコーヒーゼリーを、繭はティラミスを注文した。


「なぜ、私が? しかも、鷹司グループの会長と社長だなんて」


私と繭の空間には、明らかに重い空気が漂っている。


「お願いよ、東子。協力するって、言ってくれたじゃない」


確かに、言ったけれども。


「それと、これとは別よ」


と、私はコーヒーゼリーにざっくりとスプーンを突き刺した。


その歪な境目に、クリームがまったりと流れ込んで行く。


「嫌というより、無理よ。私に演技しろと言うの? 女優でもないのに?」


「演技しろとは言わないわよ。ただ、フリをして欲しいと言っているの」


「それを、演技と言うのよ」


すると、繭は下手に出る事を潔く止めて、今度は開き直りに転じた。


「なら、演技して」

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