フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「冗談でしょう。私、そういうの苦手なの。だから、ばれるわ。ばれたらそれこそ――」


「なら」


私の話を最後まで聞かずに、繭がずいっと割り込んだ。


「東子は、桔平の今後がどうなってもいいと言うのね?」


「大げさよ。それに、そんな事ひと言も」


「言っているようなものよ、そうよ!」


繭はスプーンをがしりと掴んで、


「こんな事、絶対に言いたくはないけれど」


私を睨んだ。


思わず引き攣りそうなほど強い目を、繭はしている。


「8歳の時、運良く開業医夫婦に引き取ってもらえた東子に、わたしの惨めな気持ちなんて分からないでしょうけれど」


「繭っ……」


正直むっとしたけれど、ぐっと堪えた。


私だって、なりたくて「東子」になったわけではないのに。


「一時休戦しましょう。わたし、ティラミス食べたいの」


ぶっきらぼうに吐き捨てた繭は、まるで幾日も食べ物を口にしていない子供のようにティラミスを食べ尽くし、セットのアプリコットティーをまるでサラリーマンがビールを一気飲みするように、ぐうーっと飲み干し、


「ふはああ」


と大きな大きな息を吐き切った。


「気が済んだ。もう、正直に言う。東子に見栄を張って、八つ当たりしてもどうしようもないもの」


そして、冷静さを取り戻したのか、いつものおっとりとした穏やかな口調になった。


「ほら、わたしって東子のように頭が良いわけではないし、外見だって幼いし。最終学歴は高校。ずうっと施設で育ったでしょ」


「私だって、施設で育てていただいた。8歳までだけれど」


「違うのよ。わたし、どうしても分からないの」


「何が?」


「その……テーブルマナー……が」


空のティーカップに小さな溜息を落として、繭はもじもじしながら肩をすくめた。


「学校では、そんな事まで教えてくれなかったもの。だから、頑張ったところで結局、ボロ出すに決まっているもの」


「……ボロ?」


聞くと、繭はこくりと頷いて、今度は背中も丸めた。


「こんな大チャンスはもう二度と巡って来ないって、桔平が言っていたの」


そう、呟きながら。





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