フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「要らないわよ。クリスマス・イヴに助けてもらったしね。借りを返した、という事でひとつ。どう?」


ラッキー! 、なんてはしゃぐ繭は本当に素直で、決して裕福に育ったわけでもないのにスレていなくて、時々、うらやましいと思う。


こういう素直で正直で明るい繭を愛する桔平の気持ちも、分かる気がする。


私と繭は、外見も性格も、明らかに正反対だ。


「わたしそろそろ奏汰を保育園に迎えに行かないと。今日これから予防接種の予約を入れているの」


「そう。私も仕事に戻るわ」


「じゃあ、出ようか」


私たちは、レストランを出ることにした。


外に出て、別れ際に繭が私を呼び止めた。


「東子!」


冬の低い空から、はらはらと雪片が降りて来る。


振り返ると、ムートンコートに身を縮めて繭が小走りで駆け戻って来た。


「どうかした?」


「その……クリスマス・イヴの夜に拾ったっていう子の事だけど」


「ああ、ハルの事?」


声には出さずに、繭がうんと頷く。


神妙な面持ちで。


「その……まさか、体の関係に――」


「繭。怒るわよ」


心配そうに見つめて来る繭を、私は笑い飛ばした。


「ないわよ。婚約を解消された腹いせで高校生に手を出すような、節操のない行動とったりしません」


「そう……」


なら、いいんだけどね、と繭は安堵した表情を浮かべて胸を撫で下ろす仕草をした。


冷たい空っ風が、肌に突き刺さる。


「そんな心配より、今夜、私がボロを出さないように祈っていて」


「了解」


私たちは、同時に笑った。


「でも」


次の瞬間、繭の顔からふいっと笑みが消えた。


「気を付けてね。東子」


「何を?」


「その、ハルという子。どんな子なのか分からないけれど」


うん、と頷いたのは、確かに私自身も、分からないからだ。


ハルの事が、分からない。


謎だらけなんだもの。


「好きになったり……仮にもし、愛してしまったら、終わりよ。それで、勢いで体を重ねてごらんなさいよ。東子はOLから犯罪者に転落よ」


「まさか」


確かに、未成年に手を出したら法的には立派な犯罪になるだろう。


「私とハルに限って、それだけはないわ。絶対に、ない」

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