フィレンツェの恋人~L'amore vero~
「でも、ひとりにはなりたくないんです、私。矛盾しているでしょう。それで、知らぬ間にたくさんの人を傷付けているんです」


煌さんが言った。


「そんなものですよ、人間なんて。愚か者です。誰だってそういうものですよ。矛盾しながら生きているのです」


まさか、そんな返事が返ってくるとは思っていなかった。


煌さんは、私の目を見つめながら言った。


「僕も、同じです。愚か者ですよ」


「え?」


私も見つめ返す。


よく見ると、煌さんの目はキリリとつり上がっているのに、とても綺麗な形をしていた。


「真実の愛というものは、大切なものをひとつ失って、あるいは犠牲にして、ようやく気付くものですよ」


「そうなのですか?」


私が聞くと、


「そうじゃないんですか?」


と、なぜか煌さんが逆に聞いて来た。


「さあ……私には分かりません」


「えっ……僕だって分かりませんよ」


「からかっているんですか?」


「違いますよ」


「もう、いいです」


なんだか、この人と話していると調子が狂ってしまう。


いい人なのか、警戒すべき人なのか、分からなくなってしまった。


短い沈黙を破ったのは、


「東子さん」


穏やかな口調の煌さんだった。


「トゥーランドット、という女性をご存じですか?」


「ええ。少しだけ」


以前、母と一緒にオペラを観に行った事がある。


「オペラを。でも、もう5年も前の事なので、うろ覚えなのですが」


「そうですか。酷い女です。トゥーランドットは」
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