フィレンツェの恋人~L'amore vero~
年の瀬が迫る冬の空気が、肌にずきずきと突き刺さる。


「トゥーランドット」


吐く息が、朝靄のように白くけぶる。


「ああ、オペラの」


「そう。トゥーランドットよ」


私は歩く速度を上げて、桔平の真横に並んだ。


「煌さんと、トゥーランドットについて話し込んでいたの。ずっと」


「へえ。あの、おぼっちゃまと」


私が歩幅を合わせている事に気付いたのか、さりげなく、桔平が歩く速度を落とした。


で、どうだった? 、と桔平が聞いてきた。


「どう、って?」


「いや。うん。正直、俺は苦手だなあ。あの息子」


「どの辺りが?」


「何ていうか……何も考えていなそうなのに、頭の中はフル回転してそうなところかな。一言で言うなら、したたか」


確かに、と妙に納得できる。


すれ違う人たちも白い息を吐きながら、家路を急いでいるように見えた。


「桔平の方はどうだったの? 貴重なお話を聞けたの?」


桔平は力強くピースをして、「完璧」と嬉しそうに笑った。


「いい記事を書けそうだ」


「そう。良かったわね」


他愛もない会話を膨らませながら歩いていると、桔平がコンビニに寄りたいと言うので、立ち寄る事にした。


入るなり、桔平は脇目もふらずにブックコーナーへ向かい、一冊の経済雑誌を手にしてすぐにレジに並んだ。


落ち合った時に熱心に読んでいたものだった。


「……あ」


レジの前でふと声が漏れる。


いい香り。


あれほどフレンチのコースを食べた後なのに、まだ胃に隙間があるらしい。


フレンチのような高級な料理より、やっぱり私は根っからの庶民派なのだ。


「肉まんふたつ下さい」


学生と見える若い店員さんが慣れた手つきで、ひとつずつ紙に包んでビニール袋に入れてくれた。


「210円です」


「はい」


おいおい、隣のレジで会計を済ませた桔平が私の脇腹を肘で小突く。
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